少し前の日本みたいに暮らしを丁寧に。「お宿吉水」女将のブレない信念を知る

京都お宿吉水

八ヶ岳の宿泊先を後にして、近隣の農場や笹離宮というササをテーマにした庭園を見学した後、一路京都へ。
京都の中心地に到着した時は午後3時を過ぎていました。

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お宿吉水に到着。女将に案内されながら開業の経緯などを聞く

幾つかの用事を済ませた後に向かった先は京都の「お宿 吉水」。
八坂神社の境内を通り抜けると四季折々の自然豊富な円山公園があり、入り組んだ道を上りつめるとお宿吉水があります。
今回は車で来たので、円山公園の南側に沿う小道から公園内の車道に入り、お宿へとたどり着きました。

京都お宿吉水

お宿吉水について、中川女将から直接お話を聞きました。
ここは築100年以上の古民家で、もともと旅館だったけどしばらく空き家となっていました。
今から17年前の1998年、中川さんが55歳の時。新しい住処を探していた際にこの場所を訪れ、目の前に咲く桜の花があまりに美しかったためその場で決意を固め、その足で契約をしに行ったといいます。

もともと宿をやるなんて考えてなかったということですが、かつて宿屋だったこの建物は「所有者が変わっても業種は代々変えてはならない」という円山公園内の独自ルールに従い、ただの住居としては認められないということを後になって知ったといいます。
そういうわけで必然的に「お宿 吉水」を開業・経営する流れとなりました。

今ではスタッフさんが5人ほどいて、女将自身は常駐する必要もなくこうしてたまに訪れる程度になっています。しかし開業当初の3年間くらいはほぼ一人で宿を切り盛りし、それこそ目の回るような忙しさだったようです。
「目の回る忙しさ」というのは僕の勝手な付け足しで、彼女はそんな時期も「毎日の当たり前のことを丁寧にこなし、お客様をお出迎えし続けただけ」だとあっさりとおっしゃります。

京都お宿吉水

▲到着するとすぐさまお茶の準備に取り掛かる女将。スタッフさんたちにも慕われ暖かい雰囲気が伝わってきます。

京都お宿吉水

▲スタッフさんのまかない食事を頂いてしまいました。三分づき玄米や有機野菜、無農薬の食材などを使った料理が基本とのこと。

滞在中のノイズとなるものはすべて排除!人と自然の暖かさを感じる部屋

各部屋を女将に案内していただきました。
基本的にどの部屋もシンプルな和室ですが、部屋によっては大工さんによる粋なアレンジが施されており、彼女自身もとても気に入っているようです。

京都お宿吉水

▲階段の下に作られた部屋の入り口。背の高い外人さんに人気の部屋だとか。

京都お宿吉水

▲部屋の中はシンプルだけどところどころに大工さんのこだわりが。奥の庭園ではかつてイベントで能の舞台もこしらえたことも(驚)

一般的なホテルの客室にあるテレビ、冷蔵庫は開業にあたって一切排除し、滞在中のノイズとなるものを全て取り払ってあります
部屋には固定電話もなく、「スタッフに用がある時は大声で叫んで知らせてもらう」ようにしているといいます(笑)

京都お宿吉水

▲2階の和室は大人気の部屋らしいです。窓際の縁側の柵板に小穴があって、夕暮れ時にこの小穴から光が漏れ、ふすまに反射するとか。なんて風流な!

京都お宿吉水

▲部屋と外を仕切るのは障子だけ。つまり窓がない!でも昔の日本はどこもこうでした。

一人で切り盛りしていた当時、セキュリティ面で心配だったのでは?と質問すると、地域の警察官やお巡りさんと片っ端から仲良くなって、いつでも見回りに来てもらえるような体制を作ったとのこと。
時にはお巡りさんたちを宿屋に招き入れて一緒に食事をしたり、信頼関係を築いていったというから抜かりがありません。
今はそのお巡りさんたちも散り散りになって連絡も取れないけど、「本当にお世話になったのよ」と懐かしそうに語ってくれました。

京都お宿吉水

▲外国人のお客さん等、畳に座るのに慣れてない人のため洋室も一部屋ありました。

意識しなくてもブレない信念。「我慢」の重みを軽くするものとは?

お宿吉水の運営が軌道に乗り、その後2003年には東京銀座に、2008年には京都の綾部に同じようなコンセプトの宿屋をスタートさせます。

何をやるにしても「ロマン・我慢・そろばん」という流れがあると女将は語ります。

京都お宿吉水

おおまかに言うとこういう感じでしょうか。

1. 大きな夢とワクワクするようなロマンを抱いて新しいことに挑戦する
2. 大変なことがあっても我慢して毎日を積み重ねて行く
3. そろばんが必要なほど売り上げも安定していく

「ロマン・我慢」までは行くけどなかなか「そろばん」までは行かないのよ!と笑いながら話す彼女ですが、「2. 我慢」までやり通して「3. そろばん」は他の誰かにバトンタッチしてしまっているというのが実情。3は1と2から生まれる結果に過ぎず、お金を稼ぐことが重要なのではなくて、それに至る契機と過程が何より大事だと考えているようです。

「少し前の日本の暮らし」を取り戻す活動を続けている中川さんは信念に全くのブレがない。
例えばこんなエピソードが。

ある時プリントされた文章を読む機会があって、そこに書いてあることが中川さんの主張にピッタリで、とてもいいことが書いてあったといいます。
「本当にすばらしいことを言ってる人がいるなあって思って何度も読み返してたら、私がずっと前に出した本のプリントだったのよ(笑)」
自分でも意識せず、コンセプトを曲げずに同じ信念を貫いて活動を続けているところがカッコ良いと思ってしまいます。

京都お宿吉水

また、2011.3.11に大震災が起こり、原発の問題が巻き起こると、都会で電力を消費しながら営業を続けることに疑問を抱き、銀座の吉水をスピード閉鎖。
震災前は海外からのお客さんにも好評で人気の宿だったにも関わらず、閉鎖を即断したという。
ひょっとしたら震災後の復興で客足も戻るのでは、と期待してしまいがちですが、中川さんにとってそれは重要視するところじゃなかったのです。
売上第一ではなく、地球にも人にも優しい暮らしを都会では続けることが難しいと判断した結果の行動です。
普通なら少しは躊躇してしまうかもしれないけど、コンセプトに対して不自然さが顔を出した瞬間に迷いなく判断を下すところも彼女の信念の表れかと思います。

人生をかけた活動には時には我慢が必要。
しかしブレない信念を持ち続けることが「我慢」の重みを軽くして行くんだろうなと思ったりしました。